宮崎北署(宮崎市)の理容室で53年間、髪を切り続けてきた理容師がいます。
同市大塚町の森泰子さん(80)です。警察官だけでなく、さまざまな事情を
抱える勾留場の容疑者なども相手に半世紀以上、はさみを握ってきました。
「ここまでやれたのは警察官の方々のおかげ。体力が続く限り、
髪を切っていきたい」と傘寿を迎えてもなお現役のようです。
理容室は同署4階です。ドアを開けると8畳ほどの部屋に座席と洗面台が1組置かれています。
こぢんまりとした空間だが、ソファやテレビ、冷蔵庫などもあり、まるで街中の
理容室のような居心地のよい雰囲気が漂います。店舗を持たない森さんは
「ここは私の店みたいなものよ。私の人生の一部やね」と
はにかみながら、大きな鏡を前に手際よくはさみを操ります。
同市内の理容室で働きながら理容学校を27歳で卒業し資格を得た森さんは、常連の警察官の
依頼を受け、1962(昭和37)年に同署の前身である宮崎署の理容室で働き始めました。
理容室は県警の職員互助会が福利厚生を目的に設置したもので、
当時は多いときで1日15人近くが訪れることもありました。
「特に年末やお盆前には休む間もなかった」ほど多忙な日々が続いたといいます。
そんな中、長男が10歳の時に夫美明さん=当時53=が他界しました。
「長男をせめて大学までは通わせんといかんと、必死やった」
と身を粉にして働き、女手一つでわが子を育て上げました。
営業時間は平日の午前10時~午後5時で、客は署内外から訪れます。中には署内に
勾留されている容疑者もいました。「殺人や詐欺で捕まった人も来たけど、
偏見とかはかった。私たちと同じ1人の人間だから」と分け隔てなく
客として接していました。釈放された後に「おばちゃん、
ありがとう。また髪を切りにきます」とあいさつに
来てくれたこともあったといいます。
数年前まで森さんに散発してもらっていたという50代の男性警察官は「誠実な
森さんの人柄に引かれ足を運んでいた。今でも当時利用していた
OBの人が訪れている」と振り返ります。
県内の警察署内にある理容室は同署の一ヶ所だけです。先月28日に80歳を向かえ、
署員から花束を贈られた森さんは「あした死ぬことがあっても悔いはない。
そんな気持ちで続けていきたい」と話していました。
(宮崎日日新聞 3月16日 抜粋)
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